リスノ巣箱

“好き”に正直になった理由

「好き」は、原動力の源

好きなものがあるって、強い。

趣味であっても、仕事であっても、「好き」の延長上にあるパワーは、とてつもなく大きい。

 

 

仕事柄、音楽好きな人と会うことが多いけれど、特に、趣味で音楽と向き合っている方は、探究心豊かで、好きな気持ちが溢れ、とても活き活きとした表情の方が多い。

お話をお伺いすると、そんなに忙しい中よく向き合えるなぁと思うほど、パワフル。

あぁ「好き」って、原動力の源だなぁと思う。

私は、猛烈に好きなこともなく、めちゃめちゃ詳しい分野も特にない。

今の世の中、好きが高じて仕事になったという人も多く、のめり込めるほどの「好き」がある人って、ちょっと羨ましい。

幼少期の興味の芽は‥

子供の頃、興味の芽を伸ばせるかどうかは、親の影響が大きい。

 

 

何をするにしても、親の同意が得られなければできないし、知ることも近づくことさえ出来ない。

うちの親は、父は釣りが好きだったけれど、母はこれと言った趣味もなく、飽きっぽいタイプ。

色々なことに手を出してはすぐ興味が他へうつり、気がつけば、買い揃えた道具だけがそこらで埃をかぶっていた。

ワープロ・着物・洋ラン・占い‥などなど、次々に変わる母の興味を私は見ていた。当時小学生の私は、埃をかぶったワープロをぽちぽちと押してみたり、タロットカードの絵を眺めたりした。

母は自分の事とはうらはらに、子ども達が興味を示したものに関しては「しょうもない。」「そんなんしてどうするの。」と何かしらの理由をつけて遠ざける。

友達からの影響で知った「バレエ」も、遠足で行って興味をもった「博物館」も、早々に「しょうもない」旋風に巻き込まれて‥ばっさり。

 

The end.

 

子ども優先タイプではない、ちょっと破天荒な母。

教育についても興味がなく、学校のことも「よくわからない」という理由で私に委ね、PTA総会の委任状などは私が大人の筆跡を真似て書き、提出していた。

当時の母の年齢は、ちょうど今の私と同じくらい。

母の立場になって想像してみても、なかなか理解しがたいことは多いけれど、自分のことを大事にするタイプなので、どこか面倒くさかったんだろうなと思う。

もともと自己肯定力が強くない私にとって「否定される」ことが普通になると、“好きなものを好き”と言うことに勇気が必要になっていった。

フリーダムな夫の影響

今年で結婚して10年。
この10年間で、私はだいぶトゲがなくなった気がしている。

褒められたり認められたりすることに飢えていた分、厚い殻で自分を守って必死で頑張ろうとしてきた私とはうらはらに、自由で他人の評価も気にしない隊長は、いつも柔らかい空気をまとっていた。

 

いつも自由でマイペースな夫

 

一緒に暮らす中、いつの間にか変な気負いも分解されて、気がつけば、すっかり洗脳されている。お山の環境も後押しして、ありのままの自分を受け入れる強さみたいなものを手に入れたのかもしれない。

そう思ったのは、最近「好きなものを好き」って、普通に言えるようになったなぁと気づいたから。少数派に属しても、否定されても、全然平気になった。

そうすると、あらゆる興味に向き合えるようになった。

これまで仕事に直結するものでなければ、意味がないような気がして見ないようにしていたけれど、何が意味を持つかはわからない。どんな知識も経験も自分の糧になるし、仕事とは直接関係なくても、意外な時に役立ったりする。

そんなふうに考えるようになって、最近の私は、めっきり“好き”の感覚に正直だ。

 

図書館で今借りている本
恐竜・お寺・料理/栄養関連を読みあさり中

 

興味を持てることは、最大の学びのチャンス!とばかりに、ぐんぐん吸収していくのが楽しい。

年を重ねると楽しいことも増えるって、わかる気がする。大人になってから伸ばす興味の芽は、自由で結構おもしろい。

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POSTED COMMENT

  1. アバター Yuki より:

    うん、うん、年々楽しくなってきますね。自分の気持ち、ピンッときたことや直感って大事ですよね(*^ー^)ノ♪

    • risu risu より:

      直感も経験に基づいた閃きだなと思います♪
      何でも楽しく、自分に正直に取り組んでいると、スムーズな流れを感じたりもしますね。年を重ねることも楽しいですね^^