記録録音の業務
studio untrapの業務で、コンサートホールの音響・照明の管理がある。
コンサートホールといっても、公共の施設でなく、オーナーさんが個人で運営されているホール。
公共の施設とは少々違っていて、コンサートの記録録音がサービスで付いている。
お客様の拍手も反応も含めてその日のコンサートの様子や演奏を振り返れるので、出演者・演奏家にとっては嬉しいサービスだと思う。
記録録音の担当は私。
音響卓&照明卓を操作しながら、録音機のボタンを押す。
どの作業も漏れ無く同時並行で行わないといけないので、なかなか緊張感のある現場である。
初めてコンサートの録音を行ってから、早三十数年。
録音機のボタンを押す度に、初めてコンサートを録音した時のことを思い出す。
オーディオマニアの従兄
小学校時代に従兄の影響からギターを始めたアリカワ少年。
録音に興味をもったのは、従兄の影響が大きい。
ラジカセに埃よけの布をかぶせるくらい、オーディオ製品を丁寧に使っていた従兄。就職してからは、オーディオマニアへの道まっしぐらだった。
従兄のアパートに遊びに行くと、自慢のオーディオで音楽をよく聴かせてくれた。
聴かせてくれた音楽も多彩で、フォークソングから、当時流行っていたテクノポップYMOまで。いろいろなレコードを、次から次へと聴かせてくれた。
CDが登場する遥か前の話。従兄が、こんなことを言い出した。
「デジタルレコーディングができる機械が出るらしい。なんか噂によると凄いらしいぞ。」
当時は、アナログテープ(カセットテープ、オープンリールテープ)に録音するのが主流だった。ところがSONYが開発した機械で、一般人でもデジタル録音ができる時代がやってきたのだ。
その機械は「SONY PCM-F1」というもので、持ち運びが出来て、その機械で生録音した機関車の音が臨場感抜群。
「その音は、まるで目の前を機関車が走っているかのような錯覚に陥る」という代物らしい。
生録音の実験だ!
当時、デジタルといえば、数字で表示される腕時計くらいしかイメージできなかった私。
デジタルレコーディングと言われても、よくわからない世界。
ただ、録音機を持ち出せれば「生録音」が出来ることを知った。
「”生録音”、これは一度やってみないといけないな」と密かに思うように。
そんな時と前後してか、高校の友人のバンドがクリスマスコンサートに出演すると聞いた。
これは、いい実験台が現れた!!
バンドの生録音をするチャンスである。
「コンサートを録音しに行くわ♪」と友人に告げて、勝手に押しかけた。
レコーディングの知識などは、まったく無い状態。
Google先生もこの世には存在していない中、いろんな雑誌から情報を収集した。
どうやら、マイク、ミキサー、録音機(この時はカセットデッキ)があると生録音ができるといきついた。
おもちゃのようなマイクを3本(歌用・楽器の演奏全体を録る右用/左用)、家の物置に眠っていたミキサー等を集め、録音に挑んだ。
今思うと、なんともはずかしい録音環境。
何をどうしたのかも覚えてないが、なにか楽しい経験だったような記憶。
家に帰ってから、収録した音源を何度も何度も繰り返し聞き直した。
3本のマイクで収録したのがよかったのか?演奏が良かったのか?自己満足が悪い部分を隠しているせいか?なかなかの出来栄えだと思った。
演奏した友人に、録音したカセットを複製してあげると「おぉ~いい音。いい感じやん。」と好反応。
おもちゃのようなマイクでの録音、いい音であるはずもないが…何故か、とても感謝された。録音した者としてはうれしい限りだ。実験成功である。
そして時は流れ
そして、三十数年後の現在。
コンサートホールで公演の記録録音をしている。
録音機器も進化を遂げ、デジタル録音が普通になった。今は、カセットテープで録音する方が難しい時代である。
コンサートの収録には、ホール内に吊ってあるマイク二本を使う。
演奏される楽器によって、マイクの距離や向きを微調整して収録に臨む。
収録した音源はCDにして、お帰りの際にお渡しするのだが…
「え?もうCDができたの?」
「どうでした…うまく演奏できてました?」
「家に帰ったら聴きます♪」
「あちゃ~、今日の演奏は聞き返したくないわ~」と、その反応や感想は様々。
喜んでCDを受け取られる方も、そうでない方も、ちょっとでも楽しんでいただけたり、自分の演奏を振り返ったり、なんてことをしていただければ録音した者冥利に尽きる。
そんな私自身も‥友人達とやってるバンドのコンサートを録音してみたことがある。
自分が歌っている部分は、とりあえず早送り。
「あちゃ~、あの日の自分の歌は聞き返したくないわ~」‥なんとも悲しい現実。
そう。録音は嘘をつかないのである。