嫁のあるべき姿
男は働き、女は家庭を守る。
私の父にとっては、それが基本だった。
男にとって仕事こそが役目であり、家や子供のことは女の仕事。言うならば‥
旦那様が帰宅するまでは起きて待つ。
お風呂はもちろん、旦那様から。
旦那様は、家事は一切せず仕事オンリー。
というような、今で言うところの昭和な意識。
そんな意識の父に対し、母は理想とは遠う奔放タイプだったので、実際は、旦那様第一主義の中で育ったわけではなかったが、知らぬ間にその昭和な意識が私には備わっていたようだ。
さだまさしさんの「関白宣言」にでてくる亭主関白な男性は、さすがに受け止められないけど、どこかで嫁としてのあるべき姿なのだろぅと思っていた。
結婚を機に、仕事は辞めた。
専業主婦に憧れていたわけではなく、仕事も面白くなっていた最中で本当は続けたかったけれど、当時の勤務先は大阪 / 嫁ぎ先は大津市の山奥深く。最寄り駅まで車で約20分、バスは1日5本しかないし、車の免許を持っていなかった私にとって、仕事を続ける選択はないに等しかったのである。
こうして専業主婦になった私は、家事が自分の仕事とばかりに思って過ごしていた。
そう、ある夜の事件が起きるまでは…。
晩御飯が先か?はたまたTVが先か?事件
結婚当初のある日。
テレビで「イラストレーター:中村佑介氏」に密着取材した番組を一人見ていた。中村さんは、こちらのCD(ASIAN KUNG-FU GENERATION)や数多くのイラストを手がける方。
デザインにふれる機会が増えた時(デザインは無茶ぶりから)だったので、ほぅほぅと興味深く見ていたら…当時、会社勤めだった主が帰宅。
晩御飯の支度をしなきゃとテレビから離れて台所へ移動した時…怒りの声が飛んできた。
「何故に、もっと没頭せーへんのか!」
めったに怒ることなんてない主がなぜかキレている。
は?なんで?怒るポイントなんてあった?…全くわからない。
「没頭って何を?何に対しての没頭?」
このシチュエーションで「テレビ見るのをやめてご飯を用意する」以外の正解は何なのか、理解に苦しんでいたら…
なんとまぁ、びっくり仰天。
ご飯よりも没頭する(=TVを見ること)のほうが重要、だとか!?!!
なぜ、集中してテレビを見続けないのか。
なぜ、途中でご飯を作りに行ったりするのか。というところが争点らしい。
目から鱗とかではなく、私の役目を根底から崩す、謎の視点。
この時の衝撃は忘れられない。これが、我が家のルールを生む転機となった。
主DNAの構造
「なぜ、没頭せーへんのか!」いう表現。
主の意見をもう少しわかりやすく説明すると‥
没頭している(=熱中している)時は、ヒントを得る最大のチャンスである。
“興味をもっている”瞬間に得た情報には、閃きや発見が多くあるものだ。
そのチャンスをご飯ごときで見逃すなんて、罪だ。
と、いうことらしい。
私は心の中で「それは何の罪やねん」とつぶやく。
これはもしや‥言語が違うのか?と思うくらい、最初は言っている意味がわからなかったけど、仕事好き&クリエイティブな世界で生きてきた人らしい発言だと、今は思える。
それに加えて‥主のお母さんは、今でも現役の美容師さん。
なので、主の実家では仕事>家庭という状態が標準で、ご飯は二の次三の次。
「ご飯の用意なんて優先度が低くてOK。それより大切なものってあるやん。」というのが思考のベースらしい。また、一人暮らしも長かったので、ご飯なんて勝手に食べられるし、といった始末。
それ以来「仕事に集中している時 / 没頭できる瞬間が到来している時は、最優先で進めてよし◎」という我が家ルールが制定された。要するに、家事全般の優先度が非常に低いということ。
何かに集中していてご飯の用意ができていない時、怒られるどころかむしろ「そうかそうか♪」と喜んでいる節さえある主。
旦那様を支える嫁像をイメージしてきた私にとって、最初は本当にこれでいいのか?と戸惑っていたけど、共働きのようなカタチになったこともあって、ここ数年ですっかり馴染んできた。
今では‥リスが料理担当という基本はありつつ、仕事が立て込んでいる時は、主のお手製卵焼き&お揚げたっぷりの味噌汁(隊長の好物)が晩御飯となる。
集中するヒント
『こんなに時間が経っていたなんて、気づかなかった。』
集中や没頭していた時に発するこんなワード、私には使った記憶がない。
何かをしている時、私は大概、複数のことを同時に考えている。
それは、仕事の時も、家事をしている時も、友達と遊んでいる時も、そう。例えば‥
本を読みながらも‥明日着る服のこと、仕事の〆切のことなどが頭によぎったり、大好きなアーティストのコンサートに行っても‥始まったばかりなのに終わる時の切なさを想像して、今を楽しもうと思い直したり‥
目の前のことだけに没頭するほどの集中力が、どうも欠如している様子。
別の視点で言えば、周りが見えていることによって、〝気づく〟という点が長所になる時もある。
でも、没頭できる人が羨ましくもあった。
そんな私に舞い込んだ、斬新な我が家ルール。
ルールによって、私は、仕事にもやりたいことにも、向き合いやすくなった。
ちなみに、我が家はいわゆる“年の差婚”。
十二支がひとまわりと少し過ぎた、15歳差。
「昭和の嫁像を求められる確率高し」と、心していたところ‥ぶっとんだ主の家庭論により、私は思わぬ所で集中するヒントを得たような気がしている。
デザインをしている時、あともう少しやったら何かを掴めそう!というタイミングが確かにある。その予兆を感じ取り向き合い続ける‥この瞬間の大切さをきっと言いたかったのだろう。
今後は、罪人にはならずにすみそうだ。
次回は3/21更新予定です。
水曜日はリスノ巣箱へいらしてください♪