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アリカワ少年とギター

親戚の兄がおりまして

私に兄弟はおらず、一人っ子。
ご飯のおかずを取り合うことや、おさがりの服を着るなんていう兄弟あるあるを経験することなく育った。

ただ、近くに(といっても電車で何駅か先ですが)ちょっと年の離れた、いとこの兄が住んでいた。幼少の頃は、いとこの家へ遊びに行ったり、我が家に来てくれたりと交流があった。

いとこの兄の部屋は、壁には三角ペナントがかかっているような “ The昭和 ”の部屋。
ラジカセには、埃除けの布がかけられ、小綺麗に整頓されていた記憶がある。

その当時は、フォークブーム。
従兄もブームに乗っかっており、フォークギターなどを弾いていた。「遠い世界に」(五つの赤い風船)だったかな?その曲をよく演奏していた。

楽しそうに演奏する姿を見て、なんか「かっこいいな。大人な感じがする。」とアリカワ少年の印象に残った。

ジャカジャカのはずがポロンポロンへ

私、幼少期の頃はヤマハ音楽教室、小学校中学年の頃はエレクトーン教室などに通っていたが、その教室の教育方針に反発してか?両校とも通いはじめて間もないころに早期自主退学した。

 

大切に保管されていたグッズ。見事に綺麗なまま。

 

当時は、音楽教室に通うより、野原を駆け回る野外学習の方が性に合っていたような気がする。

ところが小学校の高学年になった頃、いとこがギターを楽しそうに弾いていた記憶がよみがえってきたのか‥急に「ギターを習いたい」と言い出し、近くのギター教室に通い始めた。

育った町は楽器店や音楽教室はあるものの、その当時”アコースティックギター教室”なんてのがあるわけでもなく”楽器店のギター教室”へと通い始める。

今みたいに、エレキギター・アコースティックギター・クラシックギターと色々なジャンルの教室を選べるわけではなく、当時、ギター教室といえばクラシックギターの教室だった。

本当は、いとこの弾いていたフォークギター(ジャカジャカ)みたいなギターを弾きたかったのに、教室では片足を足台に載せて弾くスタイルで奏でる音はポロンポロン‥理想とは異なるギターを練習していた。

中学校に入って、勉学やら部活動などで忙しくなるころまでの4年間ほど通っただろうか。ギターはある程度さわれるようになったものの、思っていた方向とは違うギター少年になっていた。

そんなギター少年も、高校に入る頃にはバンド活動に励み、ポロンポロンがギュィ~ンへ変化。さらに違う方向へ進むことになる。

ちょっと理想とは違うけど

描いていた理想像とはちょっと違ったものの、ギター教室で基礎を習ったのは良かった。

・弦を押さえる左手の指の角度
・左手首の角度(指板裏)
・ギターの抱え方
・右手、右指の弦への当て方
・音をどこで切るか意識の仕方
・弦高について、弦高の調整方法…等

なんていうのは、教則本を見てるよりも実際に教えてもらう(視覚的に目に飛び込んでくる)方が、技術の習得には近道となった。

弦高(指板と弦の間隔)に関しても、先生が調整してくれる(指板の上の駒をヤスリで削ってくれた)のを見て「あぁ、こんな風に調整してもいいんや」と思えたのは大きかった。

高校生の時、友達から買ったギターも自分で弾きやすいようにそれなりに調整した。

 

 

そのギターを貸してあげた知人から「なんか、むっちゃ弾きやすい。手入れされている感じがする…」なんて言葉が飛び出したのを覚えている。そりゃそうだ、弾きやすくなるように調整したアリカワモデルだもの♪

そんな、少年時代も過去の話。
いつしかギターを弾かなくなって、そのままだいぶ経過してしまった。

今年はプレーヤーとして…

去年から高校時代のバンド仲間と音楽活動を復活させた。
プレーヤーとして復帰である。

少年時代はクラシックギターの教則本に載っている曲、バンドではポップスを演奏することが多かったが、どうせならと、ちょっと違うジャンルのギターに挑戦してみようかと、教則本を買ってみた。

 

 

このゴールデンウィークにちょっとでも練習をなんて考えていたが、連休明けの締め切り仕事の作業と、我が家ゴールデンウィーク恒例の行事でそれどころではなくなってしまった。

幸先の悪いスタートの結果が出るのは、三年後。

何とも先の長い話だが、こつこつと練習することでしか演奏力は上がらないことを充分に知っている。

終わりよければなんとやら‥となるか。
はたまた、本棚の隅に教則本が追いやられてしまうのか。

ゆるーい私の挑戦は、風まかせ気分まかせで今日も進行中。ポロロン。

 

《予備情報》
こちらが選んだ本。
「3年後、確実に…」のタイトルに飛びつきました。
3年共にできるでしょうか?


3年後、確実にジャズ・ギターが弾ける練習法 (模範演奏CD付) (リットーミュージック・ムック)

ABOUT ME
Taicho
studio untrapのサウンド担当。美容院の息子に生まれた影響からか。第一印象の人当たりは良し。「早く家に帰りたい」と「大丈夫、何とかなるじゃない~」が口癖。無難かつ合格ラインを見極めて進む『良い塩梅』派。
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