歌が映すもの

歌が映すもの

「歌う」ということ

「歌う」ことは、とても身近で、誰にでもすぐできる。
それなのに、とてつもなく奥深く難しいことでもある。

物心ついた時には、テレビやCD、家族の鼻歌も含めて、気づけば「歌」は日常に存在しているもの。

幼稚園や保育園に行くと‥子ども達が楽しそうに「歌う」表情が印象的だ。
と同時に、いつから「歌う」楽しさは半減していくのだろうなぁといつも考える。

子どもたちには、「歌う」楽しさがみなぎっている。

例えば、楽器をはじめるのは、環境がひとつの大きなハードル。
バイオリンを弾きたい!といって、誰しもができるものでもない。

でも、歌うことは、この身一つでできる。

しかも、その人だけのオリジナルを備えもっているなんて‥なんて素晴らしいのだろぅ!と思った私は、学生時代歌って生きていけたらな~と夢見た時代があった。

レッスン遍歴1・学生時代

高校生の頃、友達とダンスをしていた。
部活より勉強志向の学校だったので、新しい部活を作れるわけもなく‥先生に頼んで放課後の理科室を借りて練習。

そして、歌のレッスンもスタート。
京都の平尾昌晃ミュージックスクールへ。今HPを見てみたら、東京と名古屋にしかないみたいだけど、当時は京都に存在していた。

学校終わりに、週1回友達とバスに乗ってレッスンへ。
今思えば、発声や声を出すことといった根本的な学びというよりは、メロディの音程をなぞるだけのレッスンだったけど、初めてのボーカルレッスンにドキドキわくわく挑んでいた。

年に一度、東京で開催される発表会にも参加した。
私にとっての初めての東京は、この発表会。新幹線にのって大都会へ‥素敵な未来が開けるんじゃないかと、心の中で小さな期待が湧き上がる。

発表会は、事前の審査があった。
私は京都校中の5位(計18人)。当時は単純に上から数えるほうが早いと喜んでいたが、何とも中途半端な位置。

 


注:メダルはただの出場記念。

 

発表会当日。
ステージの袖で出番を待っていたら、奥の控室から笑い声‥平尾昌晃氏含む関係者が談笑していた。

たとえ上位ではなくても、ちゃんと見てもらえて魅力を見出してもらえるのでは!?と期待していた幼心が、げんなり。ただ、見るに値しない歌レベルであったのも確かだった。

程なくして、進路を本格的に考える時期へ。
音楽系の専門学校へ行くことを検討していた私は「ボーカル」「ダンス」「イベント&コンサート企画」の3コースで悩み「イベント&コンサート企画」コースを選択。

コンサートが好きだったこと、そして、歌よりも文化祭の実行委員としての実績に自信があった私は、裏方への道を選んだ。

レッスン遍歴2・社会人時代

社会人になった20代後半。
早々とコンサートのスタッフも挫折して‥これと言ってやりたいことも見つけられないまま、生活のために仕事をしていた時、歌へのチャレンジ心が再燃した。

仕事終わりや休日には、大阪のボーカルスクールへ。
社会の仕組みや世間の流れも知った年齢からの挑戦‥「3年だけ必死でやってみよう」と決めていた。

レッスンの内容は全て録音して、帰宅したらノートに書いて復習。

 

真面目さだけが取り柄。

 

スタジオやカラオケに行って一人で練習し、オーディションも幾つか受けた。
東京へも何度か通ったけれど、育成してあげるよ~とビジネス的な類のものにひっかかる程度。

でも、レッスンをはじめて2年半ほど経過した頃、少しだけ歌が何か変わってきたかもと思いはじめた時‥

父が倒れた。

休みの度、一人暮らしをしていた大阪から滋賀へ。
心身ともに疲れて‥レッスンどころではない。

でも、そこで芽生えたのは「早く歌いたい!」という感情ではなかった。
挑戦期間と定めた3年がすぐそこまできているのに‥と思う半面、それは「歌を頑張っている」ことが自分を支えていただけだった、と気づいた。

私の3年挑戦は、その時にエンド。
あれから約10年数年‥父が倒れていなかったら、何に気づいただろうか。

歌が映すもの

仕事柄、色々なコンサートに立ち合う。
プロの歌い手さんもいれば、発表会で歌う子どもさん、趣味で歌を楽しむ大人の方‥色々な向き合い方がある。

客観的に見ることが多くなって気づいたのは‥歌には「その人が映されている」ということ。

「声」も個性だけれど、その人の考え方や生き方が「歌」となり表現されている。
実力以上に良く見せようと頑張っていることも、その場しのぎで取り繕おうとしていることも、歌にまとって聞き手に届く。

“心に響く”歌は、聞き手によってさまざま。
その時の感情や状況によっても感じ方は違うし、ある人にとってはいい歌も、あんまり好きじゃない‥という人もいて当然。

でも今思えば、私の歌には魅力がなかっただろうなぁとよくわかる。
色々な余分の感情が歌に込められて、ただ独りよがりだった。オーディションの判断は正しい‥見る人が見ればそんな歌はすぐにバレる。

先日、何年かぶりにカラオケに行く機会があった。
呑んだ後だったことも手伝って、ただ純粋に歌うことが楽しかった。

こんなふうに自分をさらけ出すことができていたら、道は開けていただろうか。‥まぁそれはないとしても‥

自分を開放して「歌う」感覚に触れられたことは、嬉しい気付きだった。
巡り巡って‥今だからこそ得られた感覚。何かまた楽しいことができたらいいな。

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