校門待ち伏せ隊が導いた岐路

校門待ち伏せ隊が導いた岐路

大津市内では、風に桜が舞い、湖畔では家族連れがピクニック、とすっかり春の景色。新年度を迎え、小学校にご入学される知り合いのお子さんがいて…自分の小学生時代を思い出します。

私は、学校がキライでした。
特に小学生5年生は、大きな転機となった年。試練が岐路へと繋がった、そんなおはなし。

小学校時代のワタシ

物心ついた時から、幼稚園も学校も嫌いだった。
できることなら、行きたくはなかった。

今思えば、嫌いだった要素が今ひとつわからない。
友達もそれなりにいたし、勉強も普通程度にはできたし、特段これと言って嫌な要素もないはずなのに‥学校へ行くという事自体がテンションのあがらないことで、生活の一部になっていなかった。

それに加えて、中途半端なことが嫌い&目立ちたくない性分。

朝寝坊してしまったら‥遅刻して行くくらいなら、休みたい。
朝宿題をひとつ忘れていたことに気づいたもんなら‥そんなんで行けないから、休みたい。

と、そもそもの準備不足という半端さを棚に上げて、できていない自分を露呈することが嫌だった。

先日、荷物の整頓をしていたら、小学校時代の通知表を発見。

 

 

先生からの通信欄には‥

小1:日常大人しく発表はあまり多くありませんが、話をよく聞いて的確に学習しています。図工での紙版画では、最後までコツコツと仕上げることが出来ました。

小2:話の聞き方が大変上手で何事にも一生懸命取り組もとうする姿勢に好感が持てました。図書係では皆のためにしおりを作ってくれるなど気の優しい面が見られましたが、欠席が多く残念でした。

小3:子供らしい明るさに欠けるが、温和で争い事を好まず誰とでも交わることができる。仕事は計画性に飛んで手際よく仕上げられる。先を見通してコツコツ努力することは大変素晴らしい。欠席が目立ちましたので、体調を整え元気に過ごしてほしいものです。

コツコツ、まじめ、発表はしたくない、休みがち。コツコツできる半面、学校は行きたくない。
いい子なのか、そうでないのか。

違う意味の“恋煩い”

そんな、なんとなく学校嫌いの私が、登校拒否に近い状態にまでなったことがある。

小5のある日。
学校が終わって帰ろうとしたら‥校門のところに5~6人の男子生徒がいた。

 

 

そのグループのリーダーが、一人の気弱な男の子に向かって、肩をこづきながら「いけよ~」と促す。周りの男の子もからかい、こづきながら、やいのやいのと騒いでいる。

このグループは、1つ上の6年生。
どういう経緯でそんな話になったのか定かではないが、気弱な男の子が気になる子=リス(私)だったようなのだ。

異性に対しての意識が芽生えだす、小学校高学年。
この手の話は、絶好に面白いネタでありながら、ナイーブなところ。

何か特別なことをされるでも言われるでもなく、気弱な男の子を介して”恋”めいた雰囲気を皆でからかい楽しむ。

控えめ少女には、全然嬉しくない&たまらなく苦痛な時間。この待ち伏せ隊は、毎日の放課後‥校門常駐となった。

今思えば、気弱な男の子にとっても、苦痛な時間だったかもしれない。

味方は母よりも担任の先生

校門待ち伏せ隊が常駐するようになって‥益々学校が嫌になった。

友達がいれば乗り切れるかと思いきや、それは、自分の友達にからかわれる悪循環。
攻略法は、HR終わりでダッシュで校門突破 or 学校を休むという選択のみ。

日々、お腹が痛いやら、頭が痛いやら、仮病を使う。
冬にはヒーターに体温計をかざしてみたところ、40℃近くなって、これはやりすぎと測り直す。

そんな風に、どうやって学校を休むかに尽力していたものの、いい加減、母が怒り出した。
これ以上はもう誤魔かせないか‥と、校門待ち伏せ隊の一件を母に話した。

母は一喝&爆笑。
「しょーもない~!!そんなもん、あんたなんか嫌いやって言うてやったらいいわ。っていうか、好かれてるならええやんか♪」

だから言いたくなかったんや‥という想いも、後の祭り。
母は、恋にオープンのはっちゃけたタイプで、私とは真逆の性質だ。

でもこれを機に、担任の先生が家まで来てくれて、話を聞いてくれた。

背がひょろりと高くて、豪快に笑う、優しいH先生。
男性のH先生にこの件を話すのは少し抵抗があったけど、優しく受け止めてくれて、クラスに大っぴらにすることもなく、その待ち伏せ隊にだけ注意をしてくれて‥隊は解散を迎えた。

待ち伏せ隊によって開いた道

待ち伏せ隊が卒業して、晴れて6年生になった。
これでようやくストレスなく学校へ行けると思ったものの、次の心配は、中学校での生活。

環境も変われば、楽しいネタは次々溢れているだろうと想像できるけど、その時の私にとって、同じ公立中学校へ行くことは、それはもう大きな心配の種だった。

そこで決断したのが、私立への中学受験。
小5で仲良くしていた友達が勉強のできる子で、中学受験を目指していたので、その影響もあった。

恐怖心は時として、背中を押してくれる。これまではそれなり程度だった勉強にもせっせと励むことができて、何とか合格!

この中学校で私は初めて「学校が楽しい」と感じることになる。

友達も先生も今でも交流があるし、嬉しい出会いと人生に大きな影響を与えた時間だった。

思い返せば‥全ては、この校門待ち伏せ隊がきっかけ。
桜が咲く頃になると、このほろ苦い経験をいつも思い出す。

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