なんとなく、ふるさと。

なんとなく、ふるさと。

引っ越し遍歴

私は、引っ越しをかれこれ10回経験している。

ぼんやりした記憶と写真からの情報で辿ってみると‥生まれは、滋賀県大津市(雄琴)。

そこから、滋賀県草津市→大阪府大阪市(南港)→滋賀県大津市(大津京)→滋賀県大津市(近江神宮近く)→滋賀県蒲生郡(日野町)→滋賀県大津市(唐崎)→大阪府大阪市(西淀川区)→大阪府大阪市(弁天町)→滋賀県大津市(お山※今)。

県でいうところ、滋賀か大阪を行ったり来たり。
いわゆる “実家” というものが存在せず、ずーっと転々としてきた。

サザエさんを見ても、帰省ラッシュを見ても、感じるのは “実家” への小さな憧れ。

同じ場所で密に過ごした経験がないので、幼馴染もいなければ「○丁目の○○くんが結婚したんだって~」みたいなことも、私にとっては、ドラマの中のお話。

大阪に住んでみて

大人になったら、バリバリ仕事をして、おしゃれな所に住みたい。

滋賀県なんて、田舎で何もないしつまらない。高校生くらいまでは、そう思っていた。

大阪の専門学校に行ったこともあって、20歳から約8年間ほど大阪で過ごした。

大阪の「キタ」「ミナミ」の意味さえよくわからなかった時は、アメ村の三角公園に行けばみーんなおしゃれな人なんだろうと思っていたけど、一部奇抜なヒトはいるものの案外普通だった。

期待のフィルターは、冷静さをプラスすれば、普通の色合いに変わるものだ。

一人暮らしをはじめて月日が経ったある日、小さなベランダから見る“低い空”に気づく。

小さなワンルームで一人‥不安をいっぱい抱えて精神的にも辛かった当時、狭くて低い空は、気持ちをより切迫させた。

辺りをぐるっと見渡しても、山は見えない。
夜になっても、空はグレーで星もない。

 

 

大阪での暮らしは、新しいものもオシャレなものも、すぐ近くにある環境で楽しい。でもそれは、私が本当に望んでいるものなのか、実は都会の暮らしは向いてないのかも‥と思った頃、隊長に出会った。

あらためての滋賀

よく考えてみれば、自然をすぐそばに感じながら育ってきた。

小学校の時は、比叡山の木々が色づいていく様子や、雪で白くなった山並みを見ながら通学していたし、大きな湖があるのも当たり前の風景。

田んぼに水が入る初夏の頃、かえるやおたまじゃくしはそこらで見かけたし、秋に奏でられる虫たちの声も意識して感じたことがなかった。

雲が流れ行く様子も、澄んだ濃い色の青空も、夕暮れのグラデーションも、滋賀を離れていなければ、ただ普通の景色だったはず。

滋賀っていい所やったんやなぁ‥と思いはじめていた頃、巡ってきた滋賀への引っ越し。

寄りにもよって、野生動物も虫も頻発するこんな山奥に住むのは想定外だったけど、嫌とは思わなかった。みんなから「よくこんな所に住めるなぁ‥」と驚かれる中、私にそこまで違和感がなかったのは、間違いなく大阪での生活があったから。

今でも大阪は好きな街だけど、楽しく出かけてゆく場所に変わった。

“ふるさと”という表現を聞く度、“ここ”という一定の場所はないものの、私にとっては、滋賀の風景がそうなのかなと感じている。

 

 

私にとっての “なんとなくの、ふるさと”
季節を感じながら、移りゆく自然を感じるのが好き。この距離感が、今はとても楽しい。

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