憧れたピピピの人

憧れたピピピの人

人と接すること

私は、接客が好きだ。
出不精で社交的ではないくせに、人と話すのは楽しい。

今一週間の大半は、パソコン前でデザイン業をしているので、主以外と話をする機会が乏しく、無意識のうちにストレスを感じていることがある。

デザインに煮詰まっている時は、特に顕著だ。

そんな時、打ち合わせで誰かに会うタイミングがあると、すっと心晴れやかに思ったりして‥あぁ人と話すことが好きなんだなと感じる。

色々な話を聞いて、想いをめぐらし、言葉を交換する。

もちろん、嫌な思いをすることはあるけど、それを含めても、一人で殻にこもっているよりは、新しい発見に繋がっている。

販売に携わっていた期間が長かったので、接客やサービスについて、考えることも多かった。

今でもその感覚は残っていて、サービス関連のドキュメンタリーを見たり、本を読むことが好き。接客やサービス関連の本は、思わず手にとってしまう。

 

 

販売や接客に携わる人は山ほどいる。

その中で、お客様が「この人の接客が好きだ」と思うのは、どういう観点からなのか、また、接客する側は、どういう視点をもって仕事をしているのか、そんなことを垣間見れるのが楽しい。

ピピピの人

幼稚園の頃、誕生日の記念にもらうカードがあった。

 

 

裏表紙に身長・体重・手形。
中面には、写真と「好きなたべもの」「将来の夢」欄。

私の将来の夢は「スーパーのレジのひと」

 

※黄色テープは、先生が書く場所を間違えた様子。
テープ下には、好きな食べ物「りんご」の文字。

 

当時、スーパーに行けば、レジ打ちを見るのが好きだった。

ピピピとリズミカルに商品を移動させる。
たまに、果物や野菜はキー入力をして、シールがよれたバーコードは手入力。

柔らかいものは、かごから出されて、最後にふわっと置かれる。

人によって、スピードも細やかさも異なるレジ打ち。
私にとっては、身近で素敵な業務に思えた。

周りの女の子は「ケーキ屋さん」「お花屋さん」といった夢を書いていた。これらの子供らしい代表格の夢は、もちろん、大人受けも良い。

中には「お姫さま」という子もいて‥「お姫様は生まれたときからお姫様ちゃう?」と、冷めた私はなぜかそう思っていた。

私の「将来の夢」を見た母は「子供らしくない、かわいらしくない子や」と評価は散々。

もし、自分の子供が「スーパーのレジ打ちの人」と将来の夢を語っていたら「なかなかおもしろい視点」だと思うけど、母にとっては、子供らしさや愛嬌のない子に映ったようだ。

‥そんな母は、今スーパーで品出しをしている。

気持ちがいいピピピの人

近くの平和堂(和邇店)に、時々買い物に行く。
行く度に思うのが、和邇店のレジ打ちさんは、気持ちがいい。

笑顔はもちろん、ハキハキした挨拶に聞き取りやすい声。

お会計でお金を出している間に、買い物かごをカートに乗せてくれたり、カウンターに運んでくれたりと、動きもテキパキ。

若い学生さんらしき男の子のアルバイトさんも含めて、皆さんしっかりと接して下さる。

平和堂は他にもたくさんあるけど、和邇店のレジスタッフさんは、私の中では飛び抜けて感じる。

中でも、先日出会った女性のレジさんが、とても活き活きお仕事されている方だった。

挨拶も、受け答えも、お釣り銭の渡し方も、丁寧で的確。
なぁなぁ(関西弁:いい加減、馴れ合い、妥協している様子。)で仕事をしている人では気づけない、細部にまで心を配った接客。

思わず「ありがとうございます」と言いたくなって目を合わせたら、これまた、まばゆい笑顔だった。

素敵な方やなぁ~。その方を見ていて‥
幼稚園の頃書いた、将来の夢「スーパーのレジのひと」を思い出した。

大人になってわかったのは、仕事を通して表れているのは “その人そのもの” だということ。

5歳の私が見ていたレジさんも、こんな素敵な人だったのかもしれない。

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